校長室より

2025/09/01
ウサギとカメの教訓
イソップ童話には「ウサギとカメ」、「アリとキリギリス」、「肉をくわえたイヌ」、「北風と太陽」などがあり、動物や無機物が擬人化されて人間のように行動する感情を持つキャラクターとして描かれています。それぞれの物語の中で人生の教訓や道徳的なメッセージを伝えられています。
「ウサギとカメ」は、ウサギに歩みののろさをバカにされたカメが、山のふもとまでかけっこの勝負をする物語です。かけっこを始めるとウサギはどんどん先へ進み、カメを待とうと余裕で居眠りをします。その間にカメは着実に歩み、ウサギが目を覚ましたとき見たものは、先にゴールしたカメが大喜びする姿でした。

この童話の教訓としては、「努力は裏切らない」、「能力があっても油断は禁物」というのが一般的だと思います。しかし、本当にそうなのでしょうか。

私も昔、絵本を読み聞かせていただきながらそのように教えられてきたのですが、カメが居眠りをするウサギの横を通り過ぎていく場面を想像して、「どうしてカメはウサギを起こしてあげなかったのだろう?」と疑問を持ち、「カメは薄情だなあ」と、カメが大喜びする場面を素直に喜ぶことができませんでした。
ところが、「もしかしたらカメは居眠りをするウサギに気づかなかったのではないか? カメは違うところをずっと見ていたのではないか?」と考えてみると、この童話のカメは優しくて、物語のつじつまも合うのです。

つまり、ウサギとカメは「見ているところが違った」ということです。

ウサギはカメを見ていたからノロノロと歩むカメに油断をしてしまったのです。ではカメは何を見ていたかというと、ゴールを見ていたのです。

だから居眠りをしているウサギに気づかないし、ゴールを夢見て、ただひたすらに歩んだのだと思います。したがって「ウサギとカメ」の童話の本当の教訓は、「競走相手に惑わされず、自分の目標をしっかり見つめることが大切である」ということではないかと思うのです。

人生は大海にこぎ出す船のようなものだといわれますが、どこへ向かうのかをはっきりさせないと船をただ浮かべているだけになります。ゴールをちゃんと定めていないと、カメを見ているウサギになりかねません。

ところで、今年度の中学3年生を対象とした全国学力学習状況調査において、「将来の夢や目標を持っていいますか」という問いに全国で68%の生徒が持っていると答えましたが、32%の生徒がまだ持っていないと答えています。中学生時代は大切な青春の時間です。まだ持っていないと答えた人は、なりたい自分を想像して、将来の夢や目標について考えてみてはいかがですか。

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2025/07/30
砂浜の砂はだれがとったのか
昔、サツマイモを収穫している絵を見て、地面がピンク色で描かれていたことに驚いたことがあります。「幼稚園児の感性は豊かだなあ」と感心しながら他の絵を見てみると、なぜかどの絵も地面はピンク色やクリーム色で描かれていたのです。地面といえば黒色で塗ることが当たり前だった私は納得できず、受付をされていた園長先生に「園児が地面をピンク色で塗るのはなぜですか」とお聞きしました。すると、園長先生は不思議そうな顔をされて、「畑の土は白っぽいピンク色をしているので、地面をピンク色で描くことが普通だと思っています」とおっしゃられたのです。園児たちが描いた絵の色使いは正しいのです。

よくよく考えてみると、土地の地面の色は灰色がかった黒色の地域もあれば、ピンク色がかった白色の地域もあります。また、湖岸でも灰色がかった黒砂の砂浜や、ピンクがかった白砂の砂浜が見られます。湖岸をどんどん歩いていくと、砂浜の色の境目に出くわすこともあるそうです。このように土地や砂浜の色に違いがあるのは、琵琶湖を取りまく様々な河川が運んできている土砂の質が異なっているからです。このような色の違いは、河川の上流にある山地の地質を反映しているのです。

さて、春先に湖岸でよく目にするのは、ダンプカーで砂浜に大量の砂を運びこんでいる風景です。砂浜の面積が毎年少しずつ減ってしまうため、大量に砂を補っているそうです。

生徒の皆さんは、湖岸の砂が毎年なぜ減ってしまうのだと思いますか。おそらく湖流や激しい波が砂浜をけずっていくのではないかと考えたのではないでしょうか。もちろんその通りなのですが、砂が減ってしまう最も大きな要因は、砂がうばわれる量よりも与えられる量の方がはるかに少ないからです。

つまり現在では、河川が湖岸にほとんど砂を運べていないのです。一方で、川底にたまった土砂を取り除いたり、砂防ダムを築いて山地からの土砂をくいとめたりする治水工事のおかげで、災害から家や田畑が守られています。このように細やかに河川を管理してきた方の努力によって、安心な暮らしが成り立っているのです。

琵琶湖博物館では、「川を描く 川をつくる」という治水に関わる企画展示が行われています。また、南郷洗堰の水のめぐみ館ではとくに瀬田川の治水について学ぶことができます。中学生時代は大切な青春の時間です。夏休み期間を利用して大津市や滋賀県の見学施設に足を運んでみてはいかがですか。

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2025/07/24
雲よ消えろ
「雲よ消えろ、雲よ消えろ…」と念じると、5分以内に空の雲が消えるという遊びをしたことがありますか。

小さな雲をじっと見つめて「雲よ消えろ、雲よ消えろ…」と念じていると、確かに5分以内に本当に雲が消えてしまうのです。うそだと思う人は、ぜひ挑戦してみてください。

もちろん、「雲よ消えろ、雲よ消えろ…」という願いが通じたわけではありません。この遊びでは、小指の爪くらいの小さな雲を選ぶことが成功のポイントです。簡単に言えば、空のごく小さな雲は湧いては消えることを繰り返しているのが普通なのです。このことを知らないと、ずっと同じ雲が浮かんでいると思い込んでしまい、5分以内に雲が消えることはあり得ないことだという先入観を持ってしまいます。

また、空にぽっかり浮かんだ雲は綿菓子のような形をしていますが、たくさん並んでいる雲の形には必ず共通点があります。その共通点とは、雲の底が平らなことであり、どの雲も平らな底が同じ高さにあることです。

中学生のみなさんは、雲の底が平らな形をしていることに気づいていましたか。打出中学校から琵琶湖が一望できるので、ちょっと顔を上げて湖上に並んでいる雲を見てみてください。どの雲も底が平らになっていることがわかると思います。

このように雲の底が平らな形をしている理由は、その高度から雲ができ始めるためです。一般的に、高度が100メートル上がるごとに気温は0.6℃程度下がると言われています。つまり、上昇した空気がどんどん冷えて、一定の高度から雲をつくっているから雲の底が平らな形になるのです。このことを考えないと、雲の形の共通点に気づかないかもしれません。

以上のように、何気ない風景の中に、その風景をつくりだしている理由や本質的なことがかくされています。

サン=テグジュペリの不朽の名作「星の王子さま」の小説において、「大切なことは目にはみえない」という言葉は、人生の重要な問題に答える指針として広く知られています。中学生時代は大切な青春の時間です。「大切なことは目にはみえない」という意味をゆっくりと考えてみることも大切です。

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2025/07/18
地震が起こらない国
トカラ列島近海で地震が多発しています。震度4、震度6弱などのゆれが観測されたと現地リポーターによるテレビ中継が行われていました。このようなニュースを見て生徒の皆さんはどのように感じていますか。

ところで、ゆれの大きさを示す震度について、次の2つの簡単な覚え方を知っておくとニュースの内容をよく理解することができます。

ひとつめは、震度0〜4は「人の感じ方の度合い」なので震度4は人が驚くほどのゆれの大きさを表しています。次に、震度5は固定されていない家具≠フ被害、震度6は耐震性の低い木造家屋≠フ被害、震度7は耐震性の低い鉄筋ビル≠ノ被害が出るゆれの大きさだと覚えておくとよいでしょう。

ふたつめは、震度5と震度6にだけ「弱」と「強」があって、「弱」はずれる≠ナ「強」は倒れる≠表していると覚えておくとよいでしょう。

これらのことから、震度5強は「家具≠ェ倒れる=vとなります。したがって、「震度5強の大きな揺れがありましたが、倒れた家屋はありません」という現地リポーターによる報道は当たり前のことをわざわざ言っているだけなのです。

さて、生徒の皆さんは、直下で地震が起こらない国や地域が地球上に存在すると思いますか。もちろん地震計でしか感じられないような震度0の地震もふくんで考えてみてください。「きっと地震が起こらない国や地域なんてあるはずがない」と答える人が多いのではないでしょうか。

ところが、直下で地震が起こらない国や地域はとてもたくさんあるのです。

例えば、香港に行くと東京では見られないようなヘンテコな形の鉄筋ビルが建っています。なぜなら香港では過去1万年間、直下で地震が起こったことがないからです。同じように世界には、途中から直角に曲がっている高層ビルや下部が細い高層ビルなど、地震をまったく想定してない建造物が普通に見られるのです。その理由は、地球の表面は厚さ100kmくらいのプレートとよばれる10枚くらいの岩盤で覆われていて、プレートの境目付近や火山活動でのみ地震が起こるからです。つまり、プレートの内側に位置する国や地域では、遠くで起こった地震のゆれが伝わってくることがあっても、直下で地震がおこることはありません。

ところが残念なことに、日本列島はプレートの境目付近に位置するため、ひんぱんに直下で地震が起こります。しかも、直近の15年間の統計では世界中で起こっている地震のおよそ20%が日本で起こっています。このことから、世界で地震を最もたくさん経験している日本こそが、地震対策先進国になる必要があるといえるのです。

中学生時代は大切な青春の時間です。日本で世界の地震の20%が起こっていることを強く意識して、地震防災についてよく考えてみることも大切です。

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2025/07/15
川の始まりと川の終わり
水田に水は欠かせません。とりわけ稲穂が形成されるこの時期は、絶対に水田を干上がらせてはならないのです。晴天が続いて河川の水位が下がってくると、水田にはりめぐらされている用水路の末端まで水が引けなくなってしまいます。そこで、河川の中に水をせき止める物を置いて、用水路の取水口の水位を高める必要がでてきます。このように、一時的に河川をせき止めることを「水取り」といいます。「水取り」では、水田を所有している者が集まって河川をせき止めます。
晴天が続いたため水が減り、私の地域でも「水取り」が行われました。河川を横断するようにたくさんの杭を打ち、川岸の竹を切って杭に渡したり、川砂をつめた袋を固定したりしました。このとき端っこまでせき止めないことなど、下流の地域と水を公平に分け合うためのいろいろな約束があるそうです。

ところで、生徒の皆さんは「川の始まり」と聞くと、どのような風景を想像しますか。おそらく川底からの湧き水や川岸からしたたる水滴を想像したのではないでしょうか。しかしながら、世界へ目を向けると、世界の多くの国の「川の始まり」は日本とは様子がまったく異なっているのです。

 アフリカで暮らしていた知人によると、現地の方が、「川がやってくる」と、うれしそうに話してくれたそうです。案内された場所にはくぼみがあるだけで川らしいものが見当たらないのに、「もうすぐ川がやってくる」と、自信たっぷりに話されるのです。しばらくすると、くぼみの高い方からちょろちょろと水がやってきて、見る見るうちにごうごうと流れる大河になりました。ところがその日の夜のうちに川は通り過ぎて、次の日にはもとのくぼみにもどっていたそうです。つまり、森林のない国々では、上流に雨が降ったときにだけ、一気に水があふれます。そのため、川には「始まり」と「終わり」があるのです。

「心ここにあらざれば、視れども見えず」という有名なことわざがあります。これは、気に留めていなければ、目の前のものを見ているようでも、実際にはそれを認識していないということを示しています。

身の回りの河川は常に流れていて、琵琶湖が水をたたえていることが当たり前のように感じていませんか。滋賀県のおよそ半分の面積を占めている森林が、琵琶湖の大切な水源となっていることを忘れてはならないと思います。絶え間なく川に水が流れているのは、豊かな森があるからなのです。

中学生時代は大切な青春の時間です。普段から気に留めていないことも考えてみる態度も大切にして、夢に向かって進んでいきましょう。

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2025/06/30
いないいないばあ!とヒット作品
京阪電車の駅で、「いないいないばあ!」で遊んでいる親子に出会いました。母親が「いないいない」と言って顔を手で隠し、「ばあ!」と同時に手を広げて笑顔を出すと、赤ちゃんが「きゃっきゃっ」と大喜びしていました。 赤ちゃんは、「いないいないばあ!」の遊びが大好きです。この遊びは、世界中で異なる言語で同じような方法で楽しまれていて、赤ちゃんが喜びの声をあげるのには、次のような理由があるそうです。

赤ちゃんは、はじめに目の前の親の顔を覚えていて、その顔が見えなくなったことにちょっぴり不安な気持ちになります。でも、いなくなったわけではなくて「顔が消えたけど、出てくるだろう」と予感しています。そして、「ばあ!」の声と同時に、再会した安心感とともに、はじめは笑っていなかった親が笑顔であらわれるわけですから、「期待以上の再会」を果たしたのです。

つまり、はじめの居場所があって、不安な状態を経験し、はじめよりも幸せにもとの居場所に戻ってくるというストーリー(構成)になっています。

よく考えてみると、この「いないいないばあ!」の遊びの構成は、さまざまなヒット作品のストーリーと同じです。ヒット作品を生み出す秘訣なのかもしれないと思うのです。

例えば、「千と千尋の神隠し」では、無気力な主人公が不思議なトンネルから八百万の神々が住む世界へ迷い込み、たくましく成長していきます。トンネルを抜けて人間界に戻れたときの主人公の表情ははじめとは異なっています。つまり、不思議な世界で不安な気持ちに耐えて努力したことが実を結び、一段と成長して(笑顔をもって)はじめの場所に戻ることができたことに、観客がほっと安心できるところが、「いないいないばあ!」の遊びと同じなのです。
同様に、人類の希望を手に入れて再び地球に帰ってくる「宇宙戦艦ヤマト」、偉大なる航路(グランドライン)でひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れて世界を一周して帰ってくる予定の「ワンピース」、ホグワーツで試練を乗り越えて友情を深め、9と4分の3番線に戻ってくる「ハリーポッター」も、「いないいないばあ!」の遊びと同じストーリー(構成)なのです。

似たようなものに、「故郷に錦を飾る」ということわざがあります。故郷を離れて出世し、成功者として立派な姿で再び故郷に帰ることを示しています。中学生時代は大切な青春の時間です。自分の出発点を大切にして、夢に向かって進んでいきましょう。

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2025/06/23
稲の中干し
6月中旬から下旬にかけて、田んぼが干からびて地面がひび割れている様子が見られます。この状態が1週間から2週間続くと、青々としていた稲の葉っぱが水分不足で黄色くなっていきます。となりの用水路には水がたっぷりと流れているので、すぐに水を補給することができるのですが、田んぼの取水口はかたく閉じられ、一滴も入らないようになされています。このように田んぼの地面を乾かすことを「干す」とよび、この時期に田んぼを干すことを「中干し」とよびます。いったいなぜ「中干し」が行われているのでしょうか。

「中干し」は稲にとってたいへん大きなストレスになっていることは間違いありません。夏の日ざしがふりそそぐ気温が高い時期に、満々と張られていた田んぼの水が急に干上がるのですから、稲にとって衝撃的な出来事だといえます。しかしながら、農家の方はわざとこのような環境をつくりだしているのです。

稲は急に水がなくなると、なんとか生きのびようと根を深く伸ばしていきます。また、余計な細い茎の発生を止めて太い茎をかたく作り変えていきます。このように、「中干し」によって根を深く伸して肥料をよく吸収するようになります。また、簡単に倒れない頑丈な茎が作られるようになります。「中干し」が終わると、田んぼには満々と水が張られ、7月になれば茎の中に稲穂ができ始めます。「中干し」の厳しい環境を乗り越えた稲が、品質のよい美味しいお米を作るのです。

「苦労は買ってでもせよ」ということわざがあります。「中干し」を経験した稲が美味しいお米をつくることと同様に、若いときに困難な経験を積むことは自分の成長につながっているということを示しています。中学生時代は大切な青春の時間です。困難に立ち向かい夢に向かって進んでいきましょう。

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2025/06/17
蛍(ホタル)の夜
今年も夜が蒸し暑くなってくるタイミングで蛍が飛び交うようになり、たくさんの蛍を見ることができました。たった一匹でしたが、小川から遠く離れたわが家の庭にも蛍がやってきました。きっと新天地を夢見て豊かな小川を探しているのだと思います。

思い出してみると、近所には見た目は同じなのに、蛍がいる川と蛍がいない川がありました。蛍がいない川の共通点は稲作が終わるのにあわせて水門が閉められていたことです。つまり、夏に蛍の成虫が飛び立つ際に必要な環境があっても、たとえ短期間でも蛍の幼虫が生育できる環境がなくなれば蛍は生きていけないのです。

蛍といえば、清少納言の随筆「枕草子」の一節が有名です。「夏は夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。(現代語訳:夏は夜がよい。月の明るい頃は言うまでもない。月の出ない夜でも、蛍が多く飛び交っているのはよいものだ。また、ほんの1匹か2匹が、ほのかに光って飛んでいくのも情緒がある。雨が降るのも情緒がある。)」。

また、蛍といえば「蛍雪(けいせつ)の功」という言葉も有名です。「蛍の光、窓の雪」と歌った方も多いのではないでしょうか。この「蛍の光」は、中国古典「晋書(しんじょ)」に由来します。油が買えないまずしさの中でも、勤勉な人が袋に入れた蛍の明かりで、夜通し勉強したという話です。

苦労しながら勉学にはげむことは、いろいろな例を交えて重んじられています。

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2025/06/09
磨針峠(すりはりとうげ)
滋賀県立近代美術館で小倉遊亀画伯の日本画を鑑賞しました。小倉遊亀画伯は打出学区の大津市中央にお生まれになり、文化勲章を受章され、大津市名誉市民として表彰されている日本を代表する女流画家です。

絵を見てぞっとした感覚は初めてでした。「磨針峠」の何も描かれていない絵の中の空間から怪しいものが伝わってきました。しかし、じっくりと見れば見るほど怪しいものが神々しい何かに変わっていくのです。想像力がかきたてられて細部までよく見ると、白髪の老婆の何とも言い表せない表情と若い僧侶の思いつめたような表情とが無言で会話しているようで、それぞれの立ち位置の陽と陰がつながっていくように感じました。

不思議な感覚にとらわれて磨針(摺針)峠について調べてみると、この峠は滋賀県に実在していることが分かりました。峠は山道を登りつめてこれから下りになるという境ですから、若い僧侶はいよいよ違う景色にさしかかる境界で白髪の老婆と出会ったことになります。そして、このような山奥で老婆がたった一人で薪を割る斧(おの)を砥石で磨いているのは不自然ですからこの老婆は人間ではないことが感じられます。

さらに磨針峠について調べてみると、若い僧侶が日々の厳しい修行から逃げ出そうとしてこの峠を越えようとした時、斧を石ですっている白髪の老婆に出会ったという言い伝えがありました。若い僧侶が何をしているのかを尋ねたら、「針がないので、斧をすって針をつくっている」と答えられたそうです。

この若い僧侶はなまけようとしていた心を深く反省して修行に励み、後に弘法大師になったと伝えられています。弘法大師は次のような歌を詠んでいます。

「道はなほ 学ぶることの 難(かた)からむ 斧を針とせし 人もこそあれ」

この短歌の現代語訳は「道はなお学び続けることが難しいだろう。しかし、かつて斧を針に変えるほどの努力をした人もいるのだから」です。

中学生時代は大切な青春の時間です。夢に向かってあきらめずにコツコツと進んでいきましょう。

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2025/06/06
カモの水かき
琵琶湖で群れをなして泳ぐ水鳥の姿を多く見かけるようになってきました。いろいろな水鳥に混じってカモがすいすいと泳いでいます。湖岸から見えるカモは平然と泳いでいるように見えますが、実は水面下で足を懸命に動かしているそうです。

のんびりと水に浮かぶカモも、水面下では絶えず足で水をかき続けているように、上手に物事を進めている人にも人知れない苦労があるのです。外からよく見えるのは結果ですが、その結果は見えない努力から生み出されたものだといえます。

アテネオリンピックで有名になった「栄光の架橋」の歌詞では、他人の目には映らない自分しか知らない挫折や壁をも「悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある」と包み込んでくれます。他人には見せないだけで、誰もが悔しさや怖さ、そしてもどかしさを感じるときがあります。

中学生時代は大切な青春の時間です。夢に向かって大きく花開くための準備を始めていきましょう。

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