校長室より
2025/12/16
忍者の「まきびし」
忍者が使う道具といえば、「しゅりけん(手裏剣)」と「まきびし(撒菱)」が有名です。「まきびし」は、ヒシという水草の実を乾燥させたものです。ヒシの実は3〜5cmくらいの大きさで、どのように置いても、とがった先が上になるような形をしています。したがって、忍者が「まきびし」をばらまくと、追いかけてくる相手はとがった先を踏まないように避けなくてはならず、そのすきに逃げきることができたと考えられています。
時代劇では鉄製の「まきびし」が登場しますが、ヒシの実を乾燥させた「まきびし」は、鉄製に負けないくらい丈夫です。しかも中空になっているため、地面にまくとカラカラと音がするほど軽いのです。
私が初めて「まきびし」に出会ったのは、金沢市の忍者寺です。忍者寺を観光で訪れたとき、数多くの隠し部屋、隠し階段、そして落とし穴まで忍者屋敷のようなしかけがたくさんあり、その一つひとつの意外性や完成度にたいへん驚きました。その体験の記念に2個入りの「まきびし」のお土産を見つけて買ったのです。この「まきびし」はヒシの実を乾燥させたもので、先は画びょうのようにとがっていて、ちょっと危険なものでした。
次に私が「まきびし」に出会ったのは、大津市伊香立の道路わきでした。たまたま道路工事をしていた場所に、灰色の粘土の地層があったので観察してみることにしたのです。すると、灰色の粘土の中に、「まきびし」の形をしたヒシの実がたくさん含まれていたのです。これらのヒシの実は真っ黒な炭のように変化していて化石になっていました。後で調べてみると、大昔に大津市伊香立まで琵琶湖が広がっていたので、その当時はこの辺りまでヒシなどの水草がたくさん生えていたそうです。
このようにヒシの実を探していると、打出浜の湖岸の石積みの間に流れ着いたものも意外とたくさんあることが分かりました。身近なところにたくさんあったことが驚きでした。確かに琵琶湖にはたくさんのヒシが生えていて、このヒシの実を食べるためにたくさんのカモが集まっています。カモには、渡り鳥としてシベリアなどから温暖で餌が豊富な琵琶湖へ移動するものと、一年中日本で生息するものがいるそうですが、今の琵琶湖にはとてもたくさんのカモが浮かんでいます。琵琶湖はカモにとって、冬を過ごすのに理想的な条件がそろっているのだそうです。
ところで、生徒の皆さんはヒシの実は美味しいものだと思いますか。
水鳥を研究されている方のお誘いで、ヒシの実を食べる機会がありました。ヒシの実は緑色をしているうちに収穫して、塩を少し加えて20分くらいゆでてから、ラッカセイのように外側のからをむいて、中にたっぷりつまった白い部分を食べることができます。食べてみると、まるでクリのようにホクホクしてジャガイモのようにほんのりあまい栄養満点?の味でした。カモのように生で食べると、シャキシャキしてクルミのような味がするそうですが、私たちがそのまま食べることは衛生面から、おすすめできないとのことでした。
琵琶湖には今、カモの他にもたくさんの水鳥が訪れています。琵琶湖は多様な水鳥にとって重要な生息地であり、越冬地です。特に冬場は10万羽を超える水鳥が飛来するといわれるほど豊かな湖なのです。
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2025/12/12
津波(つなみ)は波ではない
地震でできる津波は、普通の波とは根本的に異なっています。津波は、海底から海面までつながった巨大な水のかたまりが、一気に押し寄せてくるものです。簡単にいえば、津波は海全体が川となって流れてくるものなのです。普通の波は、風によって海の表面だけが動きます。これに対して、津波は、地震によって海底が跳ね上がったために海が持ち上げられて、海水全体が動きます。
東日本大震災での津波の高さは、場所によって大きく異なりますが、岩手県では海面から40.5mの高さが記録されました。この場所では、13階建てのビルの高さの水のかたまりが、川のように流れてきたのです。津波が押し寄せる速さは、沖合ではジェット機なみ(時速800km)ですが、陸地に近づくにつれて、スピードを落とすかわりに高さをどんどん増していきます。そして、津波が海岸に到達するときには秒速10m(時速36km)くらいになります。この速さでも、津波が見えてから走って逃げきることはオリンピック選手でも困難です。
さて、生徒の皆さんは、「稲(いな)むらの火」という物語を知っていますか。
津波に関する物語では「稲むらの火」が最も有名です。「稲むらの火」は、江戸時代に起こった南海トラフ地震による津波の記録に基づいて、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が書いた物語です。小泉八雲は日本を愛した作家です。小泉八雲は、西洋の神様がただ一つの全知全能の存在であることに対して、「日本人は人のために尽くした人たち(偉業をなした人たち)も神様のようにうやまう」ことを、物語「A Living God(生きている神様)」を通して、英語で全世界へ発信しました。この作品は翻訳され、「稲むらの火」として国語の教科書に掲載されました。
「稲むらの火」のあらすじは次の通りです。
〜高台に住んでいる五兵衛は、地震のゆれを感じたあと、津波がやってくることを予想しました。村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に火をつけました。火事だと思って消火のために高台に集まった村人たち。その眼下で、津波が村を飲みこんだのです。五兵衛の機転によって村人たちは津波から守られました。〜
主人公の五兵衛の実在のモデルは、濱口儀兵衛さんです。濱口さんは、この災害の後も橋を修理するなどの復旧につとめ、当時最大の海沿いの堤防を4年がかりで完成させました。しかも、これらに費やした莫大なお金はすべて私財を投じたものでした。人命を第一とするこのような偉業に対して、地元住民から神様のようにたたえられています。
ところで、津波の恐ろしいところは、海が見えない場所であっても決して油断できないところです。
東日本大震災では、津波が山を迂回して小学校を襲いました。児童と教職員の多くが犠牲になったこのような悲劇は繰り返してはならないことです。このような東日本大震災の記憶と教訓を後世に伝えるために、津波の最大到達地点に桜の木を植える活動が続けられています。
南海トラフ地震のように、海溝型の地震は必ず津波を伴います。海が見えない場所でも地震と津波を一体として考えて1秒でもはやく避難することが大切です。
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2025/12/09
周期的におこる地震
昨夜、青森県東方沖で最大震度6強の地震が発生しました。私も報道をみて地震による多くの被害に心を痛めています。震度6強と聞くと、生徒の皆さんはどれくらいのゆれの大きさを想像しますか。
「7/18の校長室より」のように、震度5は固定していない家具=A震度6は耐震性の低い木造家屋$k度7は耐震性の低い鉄筋ビル≠ノ被害が出るゆれの大きさです。そして、「弱」はずれる=A「強」は倒れる≠表しています。したがって、震度6強は、耐震性の低い木造家屋が倒れる≠ルどのたいへん大きなゆれだったのです。
今回の地震も東日本大震災のように、海のプレートが陸のプレートにぶつかる境界で発生した海溝型の地震でした。地球の表面は厚さ100kmくらいのプレートとよばれる10枚くらいの岩盤で覆われていて、地球内部のエネルギーによって、すべてのプレートは爪がのびるくらいのほぼ一定の速さで水平に動いています。そして、海のプレートは陸のプレートよりも重い岩石でできているため、ぶつかった境界で日本列島をのせた陸のプレートの下に、海のプレートが沈みこんでいます。
このように、海のプレートが沈みこんでいくときに、陸のプレートが下へ下へと引きずりこまれてしまうので、境界付近はへこんで「海溝」になっています。ところで、いくら陸のプレートが引きずりこまれるといえども、日本列島が海中に沈没することは絶対にありえません。なぜなら、陸のプレートは海のプレートよりも軽いので、いくら引きずりこまれようとも、限界をこえたときに一気に浮き上がるからです。このようにして、陸のプレートの海溝付近が跳ね上がる瞬間が、今回のような海溝型の地震となっています。
実は、海溝型の地震がある程度周期的に起こることは、世界の地質学者の間では常識として語られています。なぜなら、海のプレートがほぼ一定の速さで陸のプレートの下に沈みこんでいることや、陸のプレートが限界をこえたときに一気に浮き上がることが、すでにわかっているからです。
ところで、今後、滋賀県に大きな被害をもたらすと考えられている海溝型地震は、南海トラフ地震です。
南海トラフ地震は、静岡県の駿河湾から宮崎県の日向灘沖にかけてのプレート境界を震源として、おおむね100〜150年周期でくり返し発生してきた大地震です。直近で南海トラフ地震が起こったのは1944年であり、戦時中であったために被害状況が隠されていました。
したがって、次に南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率は、60〜90%程度確かであると計算されています。想定される最大規模で起こった場合、大津市では震度6強のゆれが伝わることが予測されています。今回の一連の地震で内閣総理大臣が青森県の方々に、家具が倒れないように固定することをよびかけられたように、私たち自身も、地震への備えが必要です。
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2025/12/05
雪は天から送られた手紙
今日は打出中学校に初雪が降りました。生徒の皆さんは、世界一たくさん雪が降り積もった国と地域はどこだと思いますか。その答えは、日本で滋賀県なのです。滋賀県は積雪量世界一の記録を持っています。1927年(昭和2年)2月14日に伊吹山で観測された11m82cmの積雪が、世界一として認められています。この記録は今でも破られておらず、ギネス世界記録に登録されています。この高さは、4階建ての打出中学校の校舎の高さとほぼ同じです。
このようなことは不思議なことではありません。もともと日本そのものが積雪の多い国だからです。気温だけで考えると南極やロシアの方がはるかに寒いのですが、日本のように雪がたくさん降るわけではありません。なぜなら、雪が降るためは、空気が多くの水分を含んでいることと、その空気が山などにぶつかって上昇することが必要だからです。
日本付近では、アジア大陸から太平洋へ向かう冷たくて乾いた冬の季節風が、日本海をわたる間に、あたたかい対馬海流から立ちのぼる水分をたっぷりと含みます。その空気が山脈にぶつかって上昇し、日本海側に多くの雪を降らせています。つまり、日本海からの湿った季節風が、伊吹山地の西側斜面にぶつかって急激に上昇したことで、滋賀県に大量の雪が降り積もったのだといえるのです。
ところで生徒の皆さんは、「雪は天から送られた手紙」という言葉を耳にしたことはありますか。
「雪は天から送られた手紙」という表現は、詩のように美しいと思います。例えば雪は、地上を白く清め、季節の移ろいを感じさせたり、はかなく消えてしまう特別な瞬間を思わせたりするからです。しかしながら、「雪は天から送られた手紙」という表現は、詩人ではなく、科学者が残した言葉なのです。
「雪は天から送られた手紙」という言葉は、中谷宇吉郎氏が残したものです。雪の結晶の美しさに魅せられて世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出すことに成功した方です。冬山にこもって3000枚もの雪の結晶の写真を撮影し、気象観測記録と見くらべる研究を続けられました。その結果、雪ができる場所の気温と水分量によって雪の結晶の形が決まることを発見して、雪の結晶の形さえ観察すれば、上空の気温と水分量が分かることをつきとめたのです。このことから、「雪は天から送られた手紙である」という表現が生まれたのです。
私も雪の結晶を顕微鏡で観察しようとしたことがありますが、上手く見ることができませんでした。雪をスライドガラスにのせるとすぐにとけてしまったり、私のあたたかい息がかかってとけてしまったりしたからです。中谷宇吉郎氏は、「寒さにふるえながら観察をされたのだなあ」と、雪を観察することの難しさを実感しました。
このように簡単なように思えることでも、やってみるとたいへん難しいことがたくさんあります。それでもやってみる価値があると思えるのです。
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2025/11/27
星のまたたき
街灯が少ない暗いところへ行くと、夜空の星がよく見えます。冬の星座は一等星が多いので、明るくて見ごたえがあります。3つの1等星を結んでできる大きな三角形の「冬の大三角」は、11月下旬には夜9時頃から東の夜空に見ることができます。「冬の大三角」は「夏の大三角」とは異なり、正三角形に近い形なので、簡単に見つけることができると思います。
「冬の大三角」を明るい星の順にならべると、「シリウス」「プロキオン」「ベテルギウス」の順になります。しかも、「シリウス」は3つの星の中で最も明るく見える星であり、「ベテルギウス」はオレンジ色をしているので見分けることも簡単です。
ところで、生徒の皆さんは星座の星がまたたいていることに気づいていますか。星をじっと見つめているとチカチカとまたたいて見えるのです。
星のまたたきは、天文学ではシンチレーションとよばれている現象です。山岳小説で有名な新田次郎氏は、星のまたたきを「永遠のためいき」と表現して、3人の女性登山者を全面に出したミステリアスでロマンスのある山登りの小説を執筆されています。
星がまたたくのは、実際に星自体が光を強めたり弱めたりしているわけではありません。例えば、水の底から地上を見たときに地上の景色がゆらゆらとゆれて見えるのと同じように、大気の底から宇宙を見たときには宇宙の星がゆらゆらとゆれているように見えるのです。つまり、星のまたたきの原因は、地球の大気がゆらいでいることなのです。
個人的な話になりますが、私が長年お金をためて初めて買ったものは望遠鏡でした。望遠鏡でいろいろな星を見て実感したのは、星座を形づくる星を望遠鏡で拡大しても、肉眼で見るのと変わらず光の点にしか見えなかったことです。これは、星座を形づくる星が地球から非常に遠く離れているので、どれだけ倍率を高くしても直径がほとんどないに等しいためだそうです。望遠鏡の役割は、拡大することよりも、多くの光を集めて暗い星を見えやすくすることだそうです。
ところで、夜空にはまたたかない星もあります。それは、「金星」、「火星」、「木星」、「土星」など、地球と同じように太陽の周りをまわる惑星です。
これらの惑星を望遠鏡で見ると、ちゃんと拡大されて、表面の模様まではっきりと見えるのです。つまり、惑星だけがまたたかないのは、惑星は星座を形づくる星よりもはるかに地球の近くにあるため、同じような明るさでも輝く面積が大きいので、大気のゆらぎの影響をそれほど受けないからです。
夜空を観察する機会があったら「冬の大三角」やいろいろな星座を探してみましょう。「冬の大三角」と同じような明るい星が他にも見えると思います。その明るい星がまたたいていないとしたら、その星は惑星なのです。このようにして、肉眼で惑星を簡単に見つけることができるのです。
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2025/11/18
流行るラーメン屋さん
美味しいラーメンをいただくために、長い列にならびました。列は店の中まで続いていました。店内では食べている人の後ろに次の人がならび、自分の順番が来て席についたら注文するようになっていました。当然、私の後ろには次の人がならんでいました。だからなのでしょうか、私は次の人を待たさないように、夢中でラーメンをいただきました。このように、とてもあわただしい食事でしたが、ラーメンと真正面から向き合ったという充実感が残りました。さて、生徒の皆さんは、壁や衝立(ついたて)を背にして食事をするのと、後ろに壁や衝立がないところで食事をするのとでは、どんな違いがあると思いますか。
壁や衝立を背にして食事をすると、安心感が生まれて、ゆっくり食事を楽しむことができます。一方、後ろに壁や衝立がないところで食事をすると、急いで食べなくてはならないという気分になるものです。ましてや、最初に紹介したラーメン屋さんにように、後ろから見つめられると、さらに急いで食べなくてはならないという気分になるものです。
以前私が生物学の先生から聞いた話に、「ラーメン屋さんの失敗」というものがあります。
それは、お客さん思いのラーメン屋さんが、衝立を買ってお店に置いたら、お客さんが来なくなってしまったというお話です。壁や衝立を背にして食事をすることで、お客さんがゆっくりと食事を楽しむようになってしまい、多くのお客さんを迎えることができなくなったのです。反対に、壁や衝立を背中側に置くことで、コース料理をゆっくり楽しんでもらうことができるので、たくさんの品数を注文していただくお店には、とてもよいことだそうです。
このような結果になる理由は、人類の歴史そのものに関係しています。
草原で誕生した人類は、常に外敵から身を守る必要がありました。猛獣からねらわれている状況では、常にまわりを警戒する必要がありました。とくに食事中は無防備になるため、背中側から襲われないように、岩などを背にして食事をしていたそうです。つまり、背中側に壁や衝立を置くことで安心できるのは、人類の本能なのです。
以上のことを考えると、短時間で効率よく学習するためには、背中側に何も置かずに空けておく方が良いといえます。反対に、趣味の読書などでくつろぎたいときは、背中側に壁や衝立がある方が良いといえます。何かを始めるときに、まわりの環境を見直して目的に合わせてちょっと工夫してみてもよいかもしれません。
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2025/11/14
幽霊の顔はなぜ怖い
幽霊をはじめてえがいたのは、江戸時代の円山応挙という絵師ではないかといわれています。円山応挙絵師は大津市の寺院と深いつながりがあり、大津絵から大きな影響を受けたといわれています。想像上の生き物である龍でさえ生き生きと表現し、幽霊もまるで本物を見たかのようにえがかれています。この幽霊の作品があまりにも印象的だったため、これをまねた絵が全国でたくさんえがかれるようになりました。「怖いなあ」となんとなく感じるこの作品を分析してみると、怖く感じる理由がわかってきます。
「分析する」とは、全体を部分に分けて、それぞれの部分について検討するということです。この「分析する」という手法は、フランスのデカルトという哲学者が広めたもので、科学の基礎となっている考え方です。
さて、円山応挙絵師が描いた幽霊の顔を分析すると、顔に2種類の表情がえがかれていることが分かります。顔の上半分だけを取り出して検討すると、目じりがつり上っていて、怒っているような表情をしています。今度は、顔の下半分だけを取り出して検討すると、口角が少し上がっていて、笑っているような表情をしています。つまりこの絵では、幽霊が怒りながら笑っているのです。この絵を見て「ゾクッ」と感じるのは、私たちは怒りと笑いという反対の表情を同時に表すことができないのに、「言われてみると…」程度の微妙なものですが、絵の幽霊が2種類の表情をあらわしているからなのです。
同じようなことが、ハロウィンの魔除けのカボチャにも当てはまります。カボチャの吊り上がった目やギザギザの歯は、攻撃の気持ちを表しています。その一方で、口角は上がっていて、親しみやすい笑顔を表わしています。このように、ハロウィンのカボチャは攻撃の意思と親しみの意思という2種類の表情をしています。つまり、私たち人間は攻撃と親しみという2種類の感情を表情にあらわすことができないので、カボチャが特別なものであることを印象づけているのです。
ところで、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「モナ・リザ」は、人類の宝物ともいわれ、世界で最も有名な芸術作品です。その表情は神秘的なほほえみといわれています。なぜそうなのかといえば、見る角度や光の当たり方によって、笑っているようにも真顔のようにも見えるので、鑑賞する方に様々な思いをいだかせるからです。
生徒の皆さんはもうお分かりだと思いますが、この「モナ・リザ」を分析すると、やはり2種類の表情が含まれているのです。顔の左半分は悲しげに見える表情をしていて、右半分はやさしく微笑んでいるように見える表情をしているというような分析がなされています。どちら側から絵を鑑賞するかによって、鑑賞する方に伝わる気持ちが変わるのは、このように2種類の表情が左右に振り分けられているからかもしれません。以上の表情の違いは、「言われてみると…」程度の微妙なものです。あからさまではなく、気づかれにくいことも作品の神秘さを深めています。
芸術的な作品や印象に残る作品には、上手にかくされたいろいろな仕掛けがあるのです。
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2025/11/10
ケーニヒスベルクの7つの橋は渡れたか
18世紀当時、ケーニヒスベルクの街で、「街にある7つの橋を、それぞれ1回だけ通って一周できるか。ただし、どこから出発してもよい」というなぞ解きが大いに話題になりました。このなぞを解いてやろうと、住民たちはこぞって挑戦しましが、だれ一人成功しませんでした。もしかすると一周できるかもしれないからと、あきらめずに橋をめぐる人が後をたたなかったそうです。いつまでたっても成功する人がでないので、街の地図に多くの通り道を線で記入して、「どの線をたどっても一周できない」と地図を片手に言い張る人もいましたが、「できないこと」をなかなか信じてもらえなかったそうです。
それでは、「できないこと」は「できない」と、誰もが分かるようにするためには、どのように説明すればよいのでしょうか。つまり、なぞ解きが不可能であるということを、どのように説明すればよいと思いますか。
ケーニヒスベルクの橋の長年のなぞ解きを決着させたのは、数学者のオイラーです。オイラーは「できないこと」を単純明快に証明したのです。「ケーニヒスベルクにかかっていた7つの橋を、2度通らずにすべて渡って元の場所に戻れるか」という問いの答えは、「できない」だったのです。
この問いは、一筆書き(ひとふでがき)にたとえることができます。一筆書きとは、図や文字を、筆記具を紙から一度も離さずに同じ線を二度通らないようにかいたものです。オイラーは、一筆書きを一本のロープにたとえるなら、輪になっていて端がないか、端が2つあるか(スタートとゴールの2つ)しかありえないということに注目しました。この事実をもとにして、ある条件を満たせば、一筆書きが「できる」、そうでなければ「できない」と結論づけたのです。
この条件を知ってさえいれば、どんなに複雑な図でも、一筆書きができるかできないかをすぐに見分けることができるのでとても便利です。詳しい説明が知りたい人は、インターネットで「ケーニヒスベルクの橋」と検索すると、たくさんのサイトが見つかりますので参照してください。わざと難しく説明しているサイトもありますので、わかりやすいサイトを選んで読むとよいと思います。
何度も何度も違う道を歩いてなぞに挑戦したケーニスベルグの人たちにとっても、オイラーの単純明快な証明を知り、長年のなぞが解けて、気持ちがすっきりしたのではないでしょうか。同じように、生徒の皆さんも、数学で学んでいる図形の証明問題が解けたときに、すっきりした気持ちになりませんか。誰もが納得できる説明ができるということは本当に素晴らしいことだと思います。
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2025/11/05
カキとクリの名産地
実りの秋といえば、ブドウ、モモ、カキ、クリなどの果樹を想像する人が多いと思います。これらの果樹のほとんどは、扇状地で栽培されています。近江盆地には、河川が山地から平野へと進むところに扇状地があり、扇状地には河川が運んできた小石(れき)や砂がたい積しています。水はけが良いので、水田には不向きですが、果樹やお茶の栽培には適しています。
さて、滋賀県高島市にはカキの果樹園とクリの果樹園とがありますが、果樹園の場所がはっきりと分かれています。日照時間や地形的な違いがないのに、これはいったいなぜなのでしょうか。
調べてみると、百瀬川の扇状地がカキの果樹園となっているのに対して、知内川の扇状地がクリの果樹園になっています。2016年に行った私の研究で家屋の庭木を数えたところ、百瀬川の扇状地では、カキの庭木は169本、クリの庭木は3本であり、カキの庭木が占める割合は98%と圧倒的でした。これに対して、知内川の扇状地では、カキの庭木は43本、クリの庭木は25本で、カキの庭木の占める割合は63%にとどまりました。庭木は居住者の好みで植えられるので、カキの木の方が多くなりがちなのですが、果樹園の分布だけでなく、家屋のカキとクリの庭木の割合にも違いがあったので、たいへん驚きました。
百瀬川と知内川の河口はわずか200mしか離れていませんが、百瀬川の河口は暗灰色の砂浜なのに、知内川の河口は灰白色の砂浜です。このような砂浜の色の違いのために、百瀬川の砂浜は親水公園として利用され、知内川の砂浜は水泳場やキャンプ場として利用されています。
このように砂浜の色が違うのには、次のような理由があります。知内川の上流には灰白色の花こう岩が分布しているので、知内川の流域は、花こう岩のたい積物からできています。これに対して、百瀬川の上流には暗灰色のたい積岩が分布しているので、百瀬川の流域は、たい積岩のたい積物からできています。
つまり、このような地質の違いにより、カキの栽培に適した場所と、クリの栽培に適した場所とに分かれていたのです。カキは乾燥に弱く、粘土と砂がほぼ同じ割合で混ざり合っている土地を好みますが、クリは乾燥に強く、深いところまで排水の良い酸性の土地を好むのです。このように、カキとクリの名産地が分かれていたのは、扇状地の地質の違いが原因だったのです。
私は、理科の楽しさを伝えたくて「滋賀県琵琶湖西岸の後背地の地質が異なる隣接2河川流域の教員研修プログラムの開発」という論文をまとめるなかで、カキとクリの栽培のような生活と自然との密接なかかわりを実感することができました。生徒の皆さんも、生活の中で気がついた「不思議だなあと感じる気持ち」を大切にしてほしいと思います。
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2025/10/31
猛毒のキャベツ
植えておいたキャベツの苗にアオムシがついて困っています。以前にモンシロチョウがぱたばたとキャベツのまわりを飛んでいたことを思いだして、寒くなってきたので大丈夫だと思っていたのですが、防虫ネットをかけた方がよかったと、少し後悔しました。
「♪ちょうちょ〜ちょうちょ〜。菜の葉にとまれ。菜の葉にあいたら桜にとまれ♪」
この歌は、日本最初の音楽の教科書から現在の教科書まで、とぎれず掲載されているので、知らない人はほとんどいないと思います。ところで、この歌の、「菜の葉」を「菜の花」だと勘違いしていた人はいませんか。「菜の葉」とは、「菜の花」を咲かせるキャベツなどのアブラナ科の植物の葉っぱのことです。この歌のように「菜の葉」にモンシロチョウがとまるときは、卵を産みつけるときなのです。つまり、私が以前に見かけていたモンシロチョウは、この歌のようにキャベツに卵を産みつける機会をうかがっていたのです!
さて、生徒の皆さんは、モンシロチョウの幼虫が、キャベツなどのアブラナ科の植物だけを食べることを不思議に思いませんでしたか。レタスやホウレン草のように他にも美味しそうな野菜があるのに、モンシロチョウの幼虫はなぜキャベツだけを食べるのでしょうか。
キャベツについて調べてみると、虫に食べられないように毒をつくったり、虫にとってとても嫌な臭いを出したりしているそうです。驚くべきことに、私たち人間にとっては、「美味しそうなにおいだなあ」、「少しからいなあ」と感じる程度の成分が、虫たちにとっては耐えがたい猛毒として働いているのだそうです。このように、それぞれの植物は、虫たちにかじられないように、それぞれ異なった成分の毒を持っているようです。
したがって、モンシロチョウの幼虫がなぜキャベツだけを食べるのかといえば、キャベツの猛毒を分解して、無害にする能力を生まれつき持っているからです。この能力のおかげで、他の虫が食べられないキャベツを独占して食べることができるそうです。このように、モンシロチョウはキャベツの毒を無害化できますが、レタスやホウレン草のような他の植物の毒を無害化することができないので、「アオムシはキャベツしか食べない」ように見えるのです。
キャベツ畑を見たときに、「美味しいそうなキャベツだなあ」と感じるのは、私たちとアオムシのような一部の生き物だけだと思うと、とても不思議な気持ちになります。他のほとんどの虫にとっては、いやな臭いがする猛毒のキャベツ畑に見えているのですから。
私たちは、キャベツやレタスやホウレン草を美味しくいただくことができます。それは、進化の過程で、私たちの肝臓がさまざまな猛毒を無害化できる解毒作用を身につけたからだといわれています。いろいろなものを美味しくいただくことができる自分自身の体のしくみに感謝したいと思います。
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