校長室より

2025/11/10
ケーニヒスベルクの7つの橋は渡れたか
18世紀当時、ケーニヒスベルクの街で、「街にある7つの橋を、それぞれ1回だけ通って一周できるか。ただし、どこから出発してもよい」というなぞ解きが大いに話題になりました。

このなぞを解いてやろうと、住民たちはこぞって挑戦しましが、だれ一人成功しませんでした。もしかすると一周できるかもしれないからと、あきらめずに橋をめぐる人が後をたたなかったそうです。いつまでたっても成功する人がでないので、街の地図に多くの通り道を線で記入して、「どの線をたどっても一周できない」と地図を片手に言い張る人もいましたが、「できないこと」をなかなか信じてもらえなかったそうです。

それでは、「できないこと」は「できない」と、誰もが分かるようにするためには、どのように説明すればよいのでしょうか。つまり、なぞ解きが不可能であるということを、どのように説明すればよいと思いますか。

ケーニヒスベルクの橋の長年のなぞ解きを決着させたのは、数学者のオイラーです。オイラーは「できないこと」を単純明快に証明したのです。「ケーニヒスベルクにかかっていた7つの橋を、2度通らずにすべて渡って元の場所に戻れるか」という問いの答えは、「できない」だったのです。

この問いは、一筆書き(ひとふでがき)にたとえることができます。一筆書きとは、図や文字を、筆記具を紙から一度も離さずに同じ線を二度通らないようにかいたものです。オイラーは、一筆書きを一本のロープにたとえるなら、輪になっていて端がないか、端が2つあるか(スタートとゴールの2つ)しかありえないということに注目しました。この事実をもとにして、ある条件を満たせば、一筆書きが「できる」、そうでなければ「できない」と結論づけたのです。

この条件を知ってさえいれば、どんなに複雑な図でも、一筆書きができるかできないかをすぐに見分けることができるのでとても便利です。詳しい説明が知りたい人は、インターネットで「ケーニヒスベルクの橋」と検索すると、たくさんのサイトが見つかりますので参照してください。わざと難しく説明しているサイトもありますので、わかりやすいサイトを選んで読むとよいと思います。

何度も何度も違う道を歩いてなぞに挑戦したケーニスベルグの人たちにとっても、オイラーの単純明快な証明を知り、長年のなぞが解けて、気持ちがすっきりしたのではないでしょうか。同じように、生徒の皆さんも、数学で学んでいる図形の証明問題が解けたときに、すっきりした気持ちになりませんか。誰もが納得できる説明ができるということは本当に素晴らしいことだと思います。

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2025/11/05
カキとクリの名産地
実りの秋といえば、ブドウ、モモ、カキ、クリなどの果樹を想像する人が多いと思います。これらの果樹のほとんどは、扇状地で栽培されています。

近江盆地には、河川が山地から平野へと進むところに扇状地があり、扇状地には河川が運んできた小石(れき)や砂がたい積しています。水はけが良いので、水田には不向きですが、果樹やお茶の栽培には適しています。

さて、滋賀県高島市にはカキの果樹園とクリの果樹園とがありますが、果樹園の場所がはっきりと分かれています。日照時間や地形的な違いがないのに、これはいったいなぜなのでしょうか。

調べてみると、百瀬川の扇状地がカキの果樹園となっているのに対して、知内川の扇状地がクリの果樹園になっています。2016年に行った私の研究で家屋の庭木を数えたところ、百瀬川の扇状地では、カキの庭木は169本、クリの庭木は3本であり、カキの庭木が占める割合は98%と圧倒的でした。これに対して、知内川の扇状地では、カキの庭木は43本、クリの庭木は25本で、カキの庭木の占める割合は63%にとどまりました。庭木は居住者の好みで植えられるので、カキの木の方が多くなりがちなのですが、果樹園の分布だけでなく、家屋のカキとクリの庭木の割合にも違いがあったので、たいへん驚きました。

百瀬川と知内川の河口はわずか200mしか離れていませんが、百瀬川の河口は暗灰色の砂浜なのに、知内川の河口は灰白色の砂浜です。このような砂浜の色の違いのために、百瀬川の砂浜は親水公園として利用され、知内川の砂浜は水泳場やキャンプ場として利用されています。

このように砂浜の色が違うのには、次のような理由があります。知内川の上流には灰白色の花こう岩が分布しているので、知内川の流域は、花こう岩のたい積物からできています。これに対して、百瀬川の上流には暗灰色のたい積岩が分布しているので、百瀬川の流域は、たい積岩のたい積物からできています。

つまり、このような地質の違いにより、カキの栽培に適した場所と、クリの栽培に適した場所とに分かれていたのです。カキは乾燥に弱く、粘土と砂がほぼ同じ割合で混ざり合っている土地を好みますが、クリは乾燥に強く、深いところまで排水の良い酸性の土地を好むのです。このように、カキとクリの名産地が分かれていたのは、扇状地の地質の違いが原因だったのです。

私は、理科の楽しさを伝えたくて「滋賀県琵琶湖西岸の後背地の地質が異なる隣接2河川流域の教員研修プログラムの開発」という論文をまとめるなかで、カキとクリの栽培のような生活と自然との密接なかかわりを実感することができました。生徒の皆さんも、生活の中で気がついた「不思議だなあと感じる気持ち」を大切にしてほしいと思います。

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2025/10/31
猛毒のキャベツ
植えておいたキャベツの苗にアオムシがついて困っています。

以前にモンシロチョウがぱたばたとキャベツのまわりを飛んでいたことを思いだして、寒くなってきたので大丈夫だと思っていたのですが、防虫ネットをかけた方がよかったと、少し後悔しました。

「♪ちょうちょ〜ちょうちょ〜。菜の葉にとまれ。菜の葉にあいたら桜にとまれ♪」

この歌は、日本最初の音楽の教科書から現在の教科書まで、とぎれず掲載されているので、知らない人はほとんどいないと思います。ところで、この歌の、「菜の葉」を「菜の花」だと勘違いしていた人はいませんか。「菜の葉」とは、「菜の花」を咲かせるキャベツなどのアブラナ科の植物の葉っぱのことです。この歌のように「菜の葉」にモンシロチョウがとまるときは、卵を産みつけるときなのです。つまり、私が以前に見かけていたモンシロチョウは、この歌のようにキャベツに卵を産みつける機会をうかがっていたのです!

さて、生徒の皆さんは、モンシロチョウの幼虫が、キャベツなどのアブラナ科の植物だけを食べることを不思議に思いませんでしたか。レタスやホウレン草のように他にも美味しそうな野菜があるのに、モンシロチョウの幼虫はなぜキャベツだけを食べるのでしょうか。

キャベツについて調べてみると、虫に食べられないように毒をつくったり、虫にとってとても嫌な臭いを出したりしているそうです。驚くべきことに、私たち人間にとっては、「美味しそうなにおいだなあ」、「少しからいなあ」と感じる程度の成分が、虫たちにとっては耐えがたい猛毒として働いているのだそうです。このように、それぞれの植物は、虫たちにかじられないように、それぞれ異なった成分の毒を持っているようです。

したがって、モンシロチョウの幼虫がなぜキャベツだけを食べるのかといえば、キャベツの猛毒を分解して、無害にする能力を生まれつき持っているからです。この能力のおかげで、他の虫が食べられないキャベツを独占して食べることができるそうです。このように、モンシロチョウはキャベツの毒を無害化できますが、レタスやホウレン草のような他の植物の毒を無害化することができないので、「アオムシはキャベツしか食べない」ように見えるのです。

キャベツ畑を見たときに、「美味しいそうなキャベツだなあ」と感じるのは、私たちとアオムシのような一部の生き物だけだと思うと、とても不思議な気持ちになります。他のほとんどの虫にとっては、いやな臭いがする猛毒のキャベツ畑に見えているのですから。

私たちは、キャベツやレタスやホウレン草を美味しくいただくことができます。それは、進化の過程で、私たちの肝臓がさまざまな猛毒を無害化できる解毒作用を身につけたからだといわれています。いろいろなものを美味しくいただくことができる自分自身の体のしくみに感謝したいと思います。

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2025/10/27
サボテンの接ぎ木
「サボテンに違う種類のサボテンをのせておくだけで、くっついて1つのサボテンになる」というのは事実です。ただし、成功の秘訣があります。

私は中学生の頃、「サボテンの接ぎ木」という記事を見て、家にサボテンがあったので、本当にできるのかを試してみることにしました。柱のように細長いサボテンの上に、丸っこいサボテンがのっかっているというイメージで、2つのサボテンをくっつけてみようと考えたのです。

記事を注意深く読むと、「失敗しないコツは、それぞれのサボテンの維管束を合わせてのせること」と書かれていました。柱のように細長いサボテンの上部を切断すると、断面に白い輪がありました。同様に、丸っこいサボテンの下部を切断すると、こちらにも断面に白い輪がありました。この白い輪の部分が維管束なので、この輪がぴったり合うようにのせればよさそうでした。ところが、のせるだけではとれてしまうので、細長いサボテンの上部を鉛筆のようにとがらせ、丸っこいサボテンの下部にぴったり合う穴をあけて、白い輪が重なるように差し込みました。その結果、考えていた通りの形のサボテンが完成しました。

これらのサボテンの維管束が輪の形にならんでいたことからもわかるように、サボテンのなかまはすべて双子葉類であり、しかも「サボテン科」という同じグループに属しているそうです。そのため、サボテンどうしであれば、接ぎ木して簡単にくっつけることができるようです。あらためてインターネットで調べてみると、かっこいい「接ぎ木サボテン」がたくさん紹介されていたので、他のサボテンどうしでもやってみたいと思いました。

ところで、私の家の庭には、3種類の柿がたわわに実っています。とはいっても、柿の木は1本しかなく、その柿の木に3種類の柿の実が実るのです。なぜだと思いますか。

この柿の木から南側へのびる枝は、「富有柿(ふゆうがき)」という品種で、甘味が強くてサクサクした食感があり、日本で最も多く生産されているものです。西側へのびる枝は、「百目柿」という品種でずっしりと重く、干し柿に加工すると極上の甘さがあるものです。北側へのびる枝は、品種はわかりませんが細長い形の渋柿です。

この柿の木はもともと祖父が植えた渋柿でした。父が「富有柿」と「百目柿」の枝を近隣の方からもらって接ぎ木したそうです。つまり、サボテンと同じように、柿の木どうしも接ぎ木することができるので、1本の柿の木に3種類の柿の実を実らせることができたのです。

季節が一気に進み、朝夕の冷え込みが厳しくなってきました。体調管理をしっかりして、実りの秋を楽しんでください。

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2025/10/23
美味しい日本茶を飲むために
秋が訪れて朝夕が冷えこむようになり、熱い日本茶がうれしい季節になりました。

さて、生徒の皆さんは、井戸水を飲んだことがありますか。

身近にある比叡山麓の地下水は豊富な水量を誇り、古くから大津の食文化を支えてきました。その井戸水は名水や霊水とよばれるほど美味しくて、口当たりもまろやかで繊細です。これは、比叡山をつくる花こう岩や砂れき層が天然のろ過装置となり、良質でやわらかな水を育んでいるからなのです。

ところが一方で、滋賀県の湖東平野の井戸水は「金気の水(かなけのみず)」とよばれていて、スプーンをなめたときのような味がして美味しくありません、においにも少しだけ鉄臭さがあるので美味しく感じられないのです。なぜなら、鉄分が多くとけているからです。湖東平野は琵琶湖が移動してきたときに堆積した地層からできています。この地層が鉄分を多くふくんでいるので、鉄分が地下水にとけ出してしまうのです。

それでは生徒の皆さんは、比叡山麓のまろやかな井戸水と湖東平野の金気のある井戸水のどちらを使うと、美味しいお茶ができると思いますか。

おそらく、ほとんどの人は美味しくてまろやかな比叡山麓の井戸水を使った方が美味しいお茶ができると答えるのではないかと思います。ところが、湖東平野の金気のある井戸水を使った方が美味しいお茶ができるのです。

実は、本当に美味しいお茶を飲みたい方は、わざわざ鉄瓶(てつびん)に水を入れて沸騰させることにより、水に鉄分をとかしてからお茶をいれます。なぜなら、そうすることで、お茶そのものの味わいがすっきりとしたものになり、健康にも良い効果が期待できるからです。

このように、すっきりとした味わいのお茶ができる理由は、 お茶の葉にふくまれている苦みやしぶみの原因であるタンニンという物質と、水中の鉄分とが結合することにより、どちらともが除去されるためなのです。つまり、お茶の葉そのものが持つ苦みやしぶみと、井戸水の鉄分とが上手に打ち消し合って、嫌な味だけが消えるのです。なかなか気づけないことですが、「近江茶」という名産品が湖東平野で育まれたのは、湖東平野の金気のある井戸水と深い関わりがありそうです。

日本茶の起源をたどると、最澄が遣唐使として中国に渡り、中国からお茶の種子を持ち帰って比叡山麓に植えたことが始まりとだと伝えられています。とくに、滋賀県でつくられている日本茶は「近江茶」とよばれていて、香りの高い「土山茶」や「朝宮茶」が有名です。京阪坂本比叡山口駅や大津市生涯学習センターの庭にはお茶の木が植えられており、そのような説明書きもあるので、近くを通ることがあれば、立ち寄ってみてもいいと思います。

打出中では文化祭や体育祭が終わり、「動」から「静」へと周囲が落ち着いてきました。動いた後に静かに心を整えていくことで、広い世界やこれまで気づかなかった世界が見えてきます。「動」から「静」へと、気持ちを上手に切り替えて、秋の静かさも味わいながら広い視野で物事を考えていきましょう。

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2025/10/20
世界一美しい野菜「カリッコリ―」
「カリッコリ―」は野菜です。「カリッコリ―」は、「ドラゴンスパイラル」や「ロマネスコ」という名前でもよばれています。「世界一美しい野菜」と言う人もいるくらいに見た目が個性的なので、実際に一度見てしまうと忘れることができないと思います。

生徒の皆さんは、「カリッコリ―」と聞いてどのような姿の野菜を想像しましたか。そして、「カリッコリ―」はどのような食感でどんな味がするのでしょうか。

「カリッコリ―」は、名前の通り「カリフラワー」と「ブロッコリー」とが受粉してできた野菜です。つまり、「カリフラワー」+「ブロッコリー」=「カリッコリ―」なのです。農家の方がカリフラワーを栽培している畑の隣で、ブロッコリーを栽培していたら、偶然にできてしまった野菜だと伝えられています。

ところで、「ダイコン」に「ニンジン」を受粉させても種子ができないので、「ダイコン」+「ニンジン」=「ダイジン」のように新しい野菜はできません。それでは、なぜ「カリフラワー」と「ブロッコリー」から「カリッコリ―」ができるのでしょうか。

実は、「カリフラワー」と「ブロッコリー」から「カリッコリ―」ができるのは当たり前のことなのです。なぜなら、「カリフラワー」も「ブロッコリー」はもともと同じものなのです。もっと簡単にいうと、青汁の原料に使用されることが多い「ケール」、お好み焼きでたくさん使う「キャベツ」、お正月に飾る「葉ボタン」、そして「カリフラワー」と「ブロッコリー」はすべて学名が同じです。

つまり、人類がはじめて「キャベツ」のようなものに出会ったときは、「ケール」とよばれる植物しかありませんでした。食用として「ケール」を栽培しているなかで、たまたま葉っぱが丸く曲がっていたものを発見し、その種子だけを選んで栽培を繰り返すうちに、丸く結球した「キャベツ」になったのです。同様に、つぼみが比較的多くできたものの種子をだけを選んで栽培を繰り返すうちに、「ブロッコリー」となり、緑色のつぼみである「ブロッコリー」の中から、たまたまつぼみの色が白いものを発見して「カリフラワー」と名付けたのです。それぞれの姿形は異なっていますが、全部が兄弟関係なので、受粉して種子ができるのです。

このように、大量に収穫できるものや栽培に適したものだけを、人類がくり返し選んで育て続けてきたことで、もともと自然界にあった小さな植物の形や大きさが変化して、この世に「野菜」とよばれるものが誕生したのです。

お店にならんでいる美味しそうな「野菜」というものが、人類がいなければ存在しなかったと考えると不思議な気持ちになりませんか。中学生時代は大切な青春の時間です。自然界から「野菜」というものが誕生したように、「よいなあ」と思えることをずっと追究していくことで、少しずつでもよい方向へ変化していくものです。

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2025/10/14
水道の蛇口ハンドルに秘められた工夫
手を洗おうとして学校の水道の蛇口ハンドルを回すとき、かたく閉まりすぎていて、開けるのに困ったことはありませんか。

私が小学生だった頃、手を洗い終わったら水道の蛇口をできるだけかたく閉めるということが当たり前でした。なぜなら、「水を大切に! ムダのないようにしっかり閉めよう!」というポスターが貼ってあったからです。だから、手洗い後にみんなが力まかせに閉めるので、手を洗いたいときには思いっきり強く回す必要がありました。そのような私たちを見て、担任の先生がおっしゃった言葉を今でもよく覚えています。

「水道を力まかせに閉めている人は、算数や理科がわかっていない人たちだ。」

算数や理科がわかっていないとは、いったいどういう意味なのかと、続きを聞きもらさないようにしました。すると先生は、「蛇口(ハンドル)の直径は計算されて作られている。園児からお年寄りまで、たくさんの人の回す力を測って、どの年齢の人でも回せるように計算されている。ちょうど『てこの学習』で習ったように、みんなは普通の力で軽く回せば、根元の栓が強くしっかり閉まるようになっている。」と、詳しく説明してくださいました。つまり、無理せずに普通の力で道具を扱えば、ちゃんと目的が果たせるのです。そのお話を聞いてから、私たちは手を洗い終わったら、無理せずちょうど良い加減に、水道の蛇口を閉めるようになりました。

水道の蛇口ハンドルのような道具は、大きな輪と小さな輪がくっついたもので、輪軸(りんじく)とよばれています。輪軸は、てこの原理を利用した道具の一つであり、小さい力を大きくすることができるので、ドアノブや自動車のハンドルなど、さまざまな場所で使われています。

ところで、水道の蛇口には、「レバーハンドル」という形のものもあります。てこの原理で上下あるいは左右に動かすだけでよく、操作が簡単で握力の弱い人でも扱いやすいという長所があります。また、ボタンを押すと、一定時間だけ自動で流れ続けるような「ワンプッシュ」という形もあります。そして、手をかざすだけで自動的に水が出る「タッチレス」という形さえあります。

これらの工夫は、ユニバーサルデザインとよばれていて、年齢だけでなく、性別や障害の有無などにかかわらず誰もが使いやすいように、最初からデザインされたものです。単に高齢者や障害者だけを対象とするバリアフリーの考え方を発展させて、すべての人が快適で安全に利用できるように設計する考え方がユニバーサルデザインです。

もうすぐ、障スポ2025が開幕します。ユニバーサルデザインという視点をもって競技会場からも学び、これから出会う選手の皆さんをあたたかく迎えましょう。

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2025/10/08
打出中 ラベンダー ガーデン
生徒の皆さんは、理科の授業で「アンモニアのにおいを調べるときは、手であおぐようにしてにおいをかぐ」と習いました(1年生はこれから学びます)。しかし、なぜあおぐのかは、教科書やどの参考書にも書かれていません。

有毒な気体から命を守る対策として、「手であおぐようににおいをかぐ」のはなぜですか。「あおぐ操作」を行うことで、なぜ安全ににおいを調べることができるのでしょうか。

実は、手であおぐことによって、周囲にあるたくさんの空気と混ぜて、うすめているのです。だから、「手であおぐようにすることで、周囲の大量の空気とかき混ぜて、におい(毒)を薄めている」が答えです。例えば、しょうゆはそのままでは飲めないけれど、たくさんの水とよくかきまぜて薄めると飲むことができるようなものです。理科の授業では、アンモニアのような有毒な気体をあえて扱うことを通して、危険から身を守る方法を学習しています。また、アンモニアや塩素、硫化水素などのにおいを体験して、「いやなにおいと感じるものは毒である」ことも同時に学んでいます。

いやなにおいがするものには、火山ガスや腐った食べ物などがあります。これらのように、いやなにおいがするものは、体に害をなすものや食べてはいけないものです。なぜなら、私たち人間は、自然界にある体に害をなすものは、いやなにおいと感じ、体に良いものは良いにおいと感じるような「においで判別する能力」を、原始時代からの長い進化の中で身に着けてきたからです。したがって、人工的につくられたものや、人類があまり経験してこなかったものについては、においがなかったり、とても良いにおいがしたりしても、命を奪うような危険なものがあることも知っておいてください。

さて、打出中の校舎と体育館の間の斜面に、ラベンダーの木が156株も植えられています。これらは地域の方から贈られたもので、昨年からさし木をして少しずつ数を増やしていただいています。また、花と緑のボランティアの方々がラベンダーの周辺の雑草を抜くなどの世話をしてくださっています。

花がきれいで常緑。さらにハーブとして利用できるのでラベンダーは人気の植物です。ラベンダーのにおいには、リラックス効果や殺菌作用があるので、ポプリやサシエ、石けんや化粧品などに加工されています。

ラベンダーの花壇のそばを通りがかった生徒から「なんか良いにおいがする」、「紫色の花がきれい」という声が聞かれました。ラベンダーは高温多湿をきらうので、枯れてしまわないかと心配しましたが、暑い夏に涼しげな花をたくさん咲かせ、だんだん大きく生長してくれました。ラベンダーの木が根づいて、打出中名物の1つになるように、みんなで見守っていきましょう。

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2025/10/03
名月
生徒の皆さんはムーンロード(月の道)を見たことがありますか。ムーンロードとは、満月の光が水面のさざ波に反射して長くのびた細長い光の道のことです。

私は学生のときに観測船で沖に出て、水温や湖流を調べたことがあります。そのとき日没と同時に満月が昇ってきて、湖面にムーンロードがかかりました。周囲の湖面が群青色から黒色へと変わっていくにつれて明るさを増していくムーンロードをみんなで見て、感激したことをはっきり覚えています。

ところで、「名月」と書けば「秋(旧暦8月15日)の満月」のことを指します。満月は1年間に12回ありますが、「名月」は1回だけです。

今年の「名月」は、10月6日(月)に見られます。紫式部が湖面(瀬田川)に映る「名月」を見て「源氏物語」の構想を練った場所として伝えられている石山寺では、今年も「名月」にあわせて秋月祭が開催されます。秋月祭は、5日と6日の夕方から開催され、今年もさまざまな風流な催しが企画されています。また、石山寺からながめる「名月」は近江八景のひとつ「石山の秋月」に数えられ、歌川広重の浮世絵にも描かれており、国内外で広く知られています。

さて、秋の空は高くすみきっているので満月がきれいに見えます。そのことからか、「名月」を詠んだ俳句も数多くあります。その中でもとくに、次にあげる松尾芭蕉の俳句が有名です。ところで、松尾芭蕉のお墓は打出学区の義仲寺にあり、偉大な俳跡として多くの人が訪れています。

「 名月や 池をめぐりて 夜もすがら 」

松尾芭蕉がこの句で「名月」と詠んだ月は、空の月なのでしょうか、それとも池に映った月なのでしょうか。秋の満月を一晩中見ているという情景を想像すると、いろいろな解釈ができておもしろいと思います。

松尾芭蕉は「名月」を深く鑑賞する目的のために、古代から和歌に詠まれた「名月の地」をめぐる長い旅に出て、2つの紀行文を書いています。今に例えると、アニメを鑑賞した人がもっと深い共感を得るために、アニメが設定された場所を訪れるアニメの聖地巡礼の旅≠してブログを書いているようなものなのですが、松尾芭蕉は俳句を通して、時代をこえてさまざまな「名月」の情景を伝えています。

「名月」を見て感動した体験から多くの名作が生まれています。そのような景観が大津にはあふれています。中学生時代は大切な青春の時間です。身近なところにもある古の人たちが感動した秋の景観をじっくりと味わってみてはいかがですか。

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2025/09/29
目をあわせることができるのは人間だけ
眼球には白目と黒目の部分があります。黒目の部分で色がついているところは「虹彩(こうさい)」とよばれ、「虹彩」の色は、紫外線を防ぐメラニン色素が多ければ黒や茶色、黄色に、少なければ青や灰色、赤色になり、環境や年齢によっても変化することがあります。だから、黒目の部分といっても、青色だったり赤色だったりするので、眼球の白目以外の部分を黒目とよぶことにします。

ところで、人と話すときに相手をよく見ようとして黒目を合わせて視線を向けます。生徒の皆さんは、相手をしっかりと見て話をしていますか。

私が小さい頃、相手への黒目の合わせ方について、母親から実演を交えて教えてもらったことがあります。その教えとは、「ふり向くときには必ず先に相手に顔を向けてから黒目を相手に合わせなさい」というものでした。そのようにしないと、一瞬でも横目で相手をにらむようになってしまうので、相手に嫌な思いをさせてしまうかもしれないからです。視線の向け方については、このようなささいな瞬間でも、その人の心づかいが表われていくものかもしれません。

ところで、相手が目をあわせて話してくれないとき、相手が自分を避けていると思いこんでしまうことがあります。目を合わせてくれないときは、相手が他のことに集中していたり、緊張やはずかしさを感じていたり、疲れていたりするなど、様々な状況が考えられますが、それでもやはり目を合わせて会話することは大切だと思います。なぜなら、黒目で見つめることで、誠実に相手に向き合う気持ちが伝わります。また、自分の言葉に自信があることの表れにもなります。このように、黒目を合わせて相手に視線を向けることによって、自分の感情や意図を伝え、コミュニケーションを円滑にすることができます。しかしその一方で、じっと見つめすぎると、プレッシャーや不快感を与えてしまうこともありますので注意も必要です。

さて、犬の目を見ると黒目です。眼球の白目の部分は見えません。同じように、牛や馬の目を見るとやはり黒目です。カメやヘビも黒目です。ネコやウサギ、魚や鳥も白目の部分は見えません。つまり、すべての動物の中で人間だけが、普段から白目と黒目の両方の部分を見せているのです。これはいったいなぜなのでしょうか。

実は、人間以外の動物は、わざと眼球の白目の部分が見えないようにしているのです。白目の部分が見えると、遠くからでも黒目がどちらを向いているかがばれてしまうのです。今どこに注目しているかという生死に関わる情報を相手にさとられてしまっては生きていけないのです。一方、人間はこの白目の部分によって黒目をきわ立たせて相手に意図を正確に伝えています。人間だけが、あえて視線の向きを明確に伝え、感情や意図を読み取り合うコミュニケーション機能を発揮することで生きていく道を選んだのです。

中学生時代は大切な青春の時間です。「目は口ほどに物を言う」ということわざのように、視線を交わすような対面のコミュニケーションには、文字や言葉以上に感情や意図を伝えてくれるというよさがあります。

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