■ 新池掘りに尽力・堀池茂雅(1)2010.4.19

よみ〔ほりいけ しげまさ〕

堀池茂雅は、明和6年(1769)に中庄村に生まれました。

寛政9年(1797)、藩主康完の命により、中庄村の里正(庄屋)となりました。

村では、用水不足のため、中庄谷に新池を掘ることを願い出ますが、藩は容易に許しませんでした。

それでも茂雅は、井戸を掘って地下水を汲み上げるなど、荒地を開き、田畑の拡大をはかりました。

次代藩主の康禎〔やすさだ〕は、茂雅の努力にうたれ、文化14年(1817)、新池掘削を許しました。

しかし、一つの池では用水需要がまかなえないため、茂雅は、独断で3つの池を掘ります。

ところが、工事半ばで費用が尽きてしまいました。


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