■ 寒川辰清と『近江輿地志略』(2)2009.12.26

写真:「寒川辰清邸阯」の碑(中庄一丁目)

寒川辰清(1697〜1739)は、康命〔やすのぶ〕・康敏〔やすかず〕藩主二代の学問師範(侍講〔じこう〕)として、200石の禄〔ろく〕を拝し、『近江與地志略』の編纂をはじめ、『武射必用』〔むしゃひつよう〕など多くの書物を著しました。

しかし、晩年の元文3年(1738)、当時の弊害をなげき、主君をいさめる文書(諫書=かんしょ)を提出したことで藩主・康敏の怒りにふれて、膳所藩を追放となり、翌年大坂にて病死しました。

寒川辰清邸阯の碑が、京阪電車石山坂本線・中ノ庄駅の西側に建てられています。


CGI-design