| 1.地域と学校 |
|||||||
本校は、地域の都市化に伴い、児童数2,000名を越えるマンモス校となった瀬田小学校より昭和51年4月1日に分離独立したもので、開校当時は、児童数1,159名、学級数29でした。 瀬田地区の南部を通学地域とし、学区は、瀬田(橋本)、神領、三大寺、野郷原、松陽、玉野浦および大江の一部からなっています。平成15年5月1日現在の学区内人口は15,157人、世帯数は 5,710です。 学校は東経135度54分50秒、北緯34度57分58秒、標高100mに位置し、古くから近江一の宮として知られる建部大社の東隣り、比良・比叡の山並みや碧水の琵琶湖を望む景勝の丘陵地に建っています。 地域は横尾山古墳、瀬田廃寺、瀬田城址、近江国府跡などの史跡を擁し、壬申の乱にも登場するなど、古代から人の寄り集まるところとして栄えました。また、近江八景の一つで「瀬田の夕照」でも知られる天下の名橋「瀬田の唐橋」は東海道、奈良街道の要衝として注目され、その瀬田川のほとり、唐橋のたもとで、橋本地区は漁業、建部大社の門前地区は商業、神領地区は農業が盛んであったが、学区内や近隣の近代的工場の進出に伴い、人口も増加し、社宅街、公営住宅街が開発され、工場労働者等も増えました。そして、学区の南部の丘陵地ではゴルフ場も開発され、その後、名神高速道路ICや京滋バイパス近辺では住宅地の開発が進められ、現在に至っています。 |
![]() |
||||||
![]() |
|||||||
2.本校の教育方針 |
![]() |
||||||
1.開校の精神 |
|||||||
”自我作古” |
|||||||
自我作古とは、開校時の学校長阪口一左衛門氏が中国古典から引用されたもので、「昨日まで続いてきた私が今日からは違った私になり、気持ちを新たにして、新しい仕事、新しい事柄に取り組んでいく」「自分の道を自分の力で切り開き、自分の歴史を自分の手で作り上げていく」という意味です。この言葉は学校だよりのタイトルにも用いられています。 |
|||||||
2.学校教育目標 |
|||||||
| 強く、正しく、美しく 精いっぱい生きぬく児童の育成 |
|||||||
3.めざす児童像 |
|||||||
・物事に熱中して取り組める子ども ・友だちを大切にし、仲間とともに伸びていく子ども ・自分の思いや考えを豊かに表す子ども |
|||||||
3.校歌 |
|||||||
瀬田南小学校校歌 |
|||||||
西原 光枝 作詞 菅井 美代子 作曲 |
|||||||
1. 建部の森の そば近く そそり建ってる 学舎に 今日も希望の 陽は昇る 伸びゆく園です 力です よいことすすんで 行う人に みんなすくすく 瀬田南小学校 |
|||||||
2.比叡の山なみ 仰ぎつつ 日毎に集う ぼくたちに きょうも恵の 陽はわたる 伸びゆく園です 心です よいこと互いに わかてる人に みんなすくすく 瀬田南小学校 |
|||||||
3. 永遠にかれない 瀬田川の 水辺にみがく わたしたち きょうもみのりの 陽はおどる 伸びゆく園です からだです よいこと勇んで つくれる人に みんなすくすく 瀬田南小学校 |
|||||||