校長室より

2018/09/06
改めて考えること
二学期が始まりました。
全ての教室をまわり、子どもたちの夏休み中の作品を鑑賞しました。
どの子にも「よい夏」であったと信じます。

学校だよりにも書きましたが、
本校教職員は、子どもたちの学びに向かう気持ちを高め、
一丸となって子どもたちを支えてまいります。

教員は、本当に魅力ある職業です。
未来を支えていく人間の育成。人づくりは国づくり。

本校教職員に、何度か話していること。
「日々の仕事に追われ、笑顔の消えた先生に子どもたちは魅力を感じるでしょうか。」

中日新聞の夕刊コラムに次のような言葉がありました。
「だれのために何をするのか、明確にわかっているのがプロフェッショナル。わかっていれば、責任を全うできる。」

教育のプロとして、子どもたちのために何をすべきか、改めて考えます。
2018/09/04
台風21号
今日は台風21号の接近のため、臨時休校。

午前中はまだおだやかでしたが、午後に入って様子が一変。
かなりの強風で校庭の木々が大きく揺れています。
添付は午後三時頃の校長室からの様子です。

今夜には日本海に抜け、明日は天気も回復しそうですが、
河川の増水等が懸念されます。

登校時、安全に十分気をつけて。

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2018/08/30
豊かさ  〜チベット女性声楽家 バイマーヤンジン氏
この夏、積極的に「研修」しました。
8/28(火)大津市教育会主催:平野小学校での教育講演会もそのひとつ。
その講師が チベット女性声楽家 バイマーヤンジン氏で、
演題は『今の日本人が忘れかけていること 〜「豊かな心」を育てるために〜』でした。

心に染みこむお話。自信、誇り、夢・・・そんなことを強く感じさせる内容でした。

今まで「やさしさ」とか「つよさ」とかについては、よく考える機会がありました。
今回は「豊かさとは」と真剣に考えることができたような気がしています。

豊かさ・・・これからも考えていきたいと思います。
2018/08/16
侏儒の言葉
高校生になったばかりの頃、たった100円で買った本。
当時、大学受験を意識しだして「国語の力をつけなければ!」などという
訳のわからない理由で選んだ本。
こんな本の選び方は実に情けないと思いますが、以来、私は何度かこの本を開いてきました。

『侏儒の言葉』 芥川龍之介 岩波文庫

人生
人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わなければ危険である。
又 人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称し難い。しかしとにかく一部を成している。

自由
自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることはできない。

あざけるもの
他をあざけるものは同時にまた他にあざけられることを恐れるものである。

外見
由来最大の臆病者ほど最大の勇者に見えるものはない。

S・Mの知恵
これは友人S・Mのわたしに話した言葉である。
われらいかに生くべきか。− 未知の世界を少し残して置くこと。
2018/08/03
大人問題
「子どもにとって、大人は有害である。」
大人は子どもをどうのこうのしたがる・・・何かと試したがる・・・とかいった類のことが
書かれていてたいへん興味深い本。
それらが正しいか正しくないかは個人の判断に任せるのは当然ですが、
毎日子どもにかかわる私たち教員や保護者のみなさん・・・が読んで
「考える」ことは有意義です。

『大人問題』 五味太郎 講談社

私がすごくいいなと思ったのは、五味氏がこの本についての反応にちょっと困っておられる理由。
『さらに大人問題』 五味太郎 講談社 の「まえがき」に書かれていますから、長くなりますが抜粋。


「ちょっと前に、おもしろがって『大人問題』を書きました。
行きたくもない学校に行かなくちゃいけない子どもたちって、かわいそうね。
それでも行かせる親っていったい何を考えているのかしら。
そもそも学校っていう商売、もうとっくにツブれてんじゃないのかな。
だって客が喜んでないもの。
で、結局、子どもの問題うんぬんを言ってる大人どもこそ問題なんだよな、なんて調子です。
絵本とまったく変わりありません。
あえて言うなら、よけいなこと言って遊んでるわけです。
で、本当に困りました。
扱ったものが生身の大人だったりしたものだから、みなさん、ちょっとマジになってしまわれたようで、
いろんなお手紙やら講演の依頼やらをいただくハメになりました。
この混迷の時代をいかに生きるべきを模索していらっしゃる方々や
現代社会の矛盾について研究していらっしゃる人々や、
・・・青少年犯罪を扱う公安関係、そして教育関係、などなどから
講演、レクチャー、座談会出席の要請です。
え、ぼく、そっち関係のこと書いた覚えないんだけどねえ、というところからも来ます。
はっきり言って、みなさん、堅いんです。真面目なんです。
ぼくはただおもしろがっているのですから、少しズレます。
で、そのズレがまたとても面白いので、そのあたりのこと、またちょっと書いてみたくなりました。
困ったものです。
そんなわけで、さらに大人問題です。」


深刻になりすぎず、遊び半分でながめること。
これが大事かどうかはそれぞれのお考えがあって然るべきですが、そういうことも必要かと・・・。
2018/07/20
親のこと、子どものこと 
親というものは、いつまでたっても子どものことが気になって仕方がないものです。
子どもが苦しいときつらいときなど、できれば代わってやりたいと思ってしまいます。
子どもが大人になって働き出しても、つい、そうした思いを持ってしまうことも。

大人になる、成長するということは、親の手から離れていくことであるのに、
それを了解しながらもうまくいかない・・・。
親も親として育たなければ、子どもを不幸にしてしまう・・・。
なかなか難しいです。
保護者のみなさんもそんな思い方をされているのではないでしょうか。

そんなことを考えながら、本校の教職員、
特に若手や親元をはなれて過ごしている教職員へ、次のことを伝えました。

「夏休みには必ず、ご両親にあなたの元気な顔をみせに行くこと。」
2018/07/16
ボイスシャワーA
子どもを伸ばす・・・ポイントはごく簡単なことで、できたことを喜び合いそれを言葉にすること。
ですが、実際にできるかというと、なかなか難しいです。
「ふりかえり/リフレクション」の大切さは、私たち教員はことあるごとに話題にしています。
問題は、ふりかえる内容と、改善・定着のための働きかけ。
悪かったことを指摘し改善を促すより、よかったことを大事にし自信をもて、というような言葉がけ。

できないことばかりを指摘しがんばれと言うこと、
できていることを認めここまでできたと称賛すること、
どちらが子どもを育てるか。

1週間やそこらなら差は出ないかもしれませんが、一年・二年・・・積み重なると・・・。
「できないレッテル」を貼ってしまうのはなんとしても避けたい・・・。
鳴門教育大の久我直人教授のいう「ボイスシャワー」。 褒め言葉をシャワーのように。
2018/07/10
ほどよさ
家の庭でゴーヤ、トマト、なす、唐辛子など、ちょっとした「家庭菜園」を楽しんでいます。
トマトを甘く育てるには、水やりをしないことと義母が教えてくれました。
もともと熱帯地方の乾燥した土地で生育していたからでしょうか。
きびしく育てれば、強くたくましく、甘くなるのでしょう。
子どもの育ちにも通じますね。ほどよい適切なかかわりが大事。
2018/07/05
ボイスシャワー
子どもたちにとって、心の育ちは極めて大切です。
『自己有用感』 簡単に言えば、「自分は誰かの役に立っている」と感じる気持ちのこと。
自己有用感は、生きる力につながります。
子どもはもちろん、大人でも誰かの役に立っている、自分が必要とされているなど、感じる場面があれば意欲が出てきます。

学校はまさに自己有用感を育む大切な場所。たとえば、委員会・係・当番活動、そうじ。
「いつもありがとう」という言葉やメモだけでも元気が出ます。
大切な人には自分のことをみていてほしい。できれば褒めてほしい。
家族の中で、学校で、・・・お互いに相手の存在の大切さを認める声かけを増やしていきたいものです。

鳴門教育大:久我直人教授のいう「ボイスシャワー」。褒め言葉をシャワーのように。

痛ましい事件が次々と報道されています。
そのたびに、いろいろなことを考えてしまいます。

家族、友人・・・、自分を育ててくれているかけがえのない相手とのつながりが確かめ合える、そんな場面を大切に。
2018/06/28
赤頭巾ちゃん気をつけて
「人間が本当の意味で歴史というのを考え出すのは、
 たとえばどこかで自分の価値観ががらっと変わるときです」(養老孟司氏)

カナリア色のステキなコートを着て、カナリア色の大きなリボンをつけたすごくおしゃれな女の子。
左手に「赤頭巾ちゃん」の本をしっかり抱えた5つぐらいの女の子。
私が高校3年生の時にはじめて出会ったその女の子は、出会うたび、ステキに登場します。

庄司薫氏の『赤頭巾ちゃん気をつけて』 カナリア色の女の子に出会えたことは、本当に幸せだったのですが、
それだけでなく、いろいろなことを考え(勉強)させ、そして教えてくれました。

「強さ」は「やさしさ」に裏付けされたものだと、私は思います。
内面から溢れるような「やさしさ」を身につけたいとずっと思ってきましたし、
そして、子どもたちにそんな「やさしさ」を示したいとずっと思ってきました。
この『赤頭巾ちゃん気をつけて』には、「やさしさ」という言葉の原点があるように思います。

(たとえば知性というものは、すごく自由でしなやかで、
 どこまでもどこまでものびやかに豊かに広がっていくもので、・・・・・・・・
 でも結局はなにか大きなやさしさみたいなもの、そして
 そのやさしさを支える限りない強さみたいなものをめざしていくものじゃないか・・・・・・)

高校3年生の時、近くの本屋で『赤頭巾ちゃん気をつけて』などという変わったタイトルの文庫本を見つけ、
ペラペラとめくると魅力的な文体・・・すぐに買い求めました。
それが、ずっと以前に芥川賞を受賞した作品だったなんてことは全く知らずに、です。

(ぼくは海のような男になろう・・・大きくて深くてやさしい海のような男になろう。・・・・・
 このいまぼくから生まれたばかりの決心が・・・誰のものでもない
 このぼく自身のこんなにも熱い胸の中から生まれたものである限り、
 それがぼくのこれからの人生でこのぼくがぶつかるさまざまな戦い、
 さまざまな苦しい戦いのさ中に、必ずスレスレのところで
 ぼくを助けぼくを支えぼくを頑張らせる大事な大事なものになるだろうということが、
 はっきりとはっきりと分ったように思えたのだ。)

『赤頭巾ちゃん気をつけて』 庄司 薫 (中公文庫)

「強さ」は「やさしさ」に裏付けされたものです。
「やさしいけれど甘くない。きびしいけれど冷たくない。」

それと同時に「知性」というものは、ただ自分だけではなく他の人たちをも自由にのびやかにするもの。

これからもしっかりと勉強いたします。

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