校長室より

2019/03/31
ありがとうございました。
平成30年度が本日で終わります。
この一年間、私は子どもたちに囲まれ、たいへん充実した日々を過ごしました。
すべての方々に感謝の気持ちしかありません。

保護者のみなさま・地域のみなさま、
瀬田東の子どもたちをいつもあたたかく見守ってくださったこと、
そして、瀬田東小学校をいつも力強く支えてくださったこと・・・、
心から感謝申し上げます。

誠にありがとうございました。

すぐ、新年度がはじまります。
今後とも本校へのご支援・ご協力をどうかよろしくお願いいたします。

瀬田東小学校長 田中 満
2019/03/26
プロジェクターを寄贈いただきました
本日3月26日、滋賀銀行SDGs私募債を通じて、
本校にプロジェクターの贈呈式が行われました。
滋賀銀行CSR私募債は、子どもたちの学びや成長を応援する物品を
発行企業様の指定する贈呈先の学校へ滋賀銀行様を通じて寄贈する仕組みです。
贈呈式には、発行企業の株式会社大生産業 代表取締役の梅村忠生様、瀬田支店長の渡邉貴幸様、
滋賀銀行野洲支店長の水口栄寿様にお越しいただきました。

寄贈していただきましたプロジェクターは
本校の教育活動で有効に活用させていただきます。
大切に使わせていただきます。

ありがとうございました。

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2019/03/19
春爛漫
クロッカス、ミモザ、水仙、ヒアシンス、アザレア、パンジー・・・百花繚乱。
また春がやってきます。
「秋の色」とは明らかに違う「春の色」もすてきです。
花の色一つとってみても、春の方がずっと華やかな感じがします。
すぐ、春爛漫ですね。

春爛漫といえば、私はロックグループ【はっぴいえんど】を思い浮かべます。
そんなタイトルの曲を演奏していた細野、松本、大滝、鈴木の
4人の天才たちの「伝説」のグループです。
もうずいぶんと前のグループなのでご存じない方も多いでしょうか・・・。

50年も前のこと。
その世界では、何の状況も土壌もできあがっていなかった迷いだらけの時代。
情熱と倦怠とが混沌とする中で、いらだちながらも試行錯誤を続けた彼ら。
彼らのその後を見ると彼らの「試行錯誤」が今に連なっていることがわかります。

やはり、私は「はじめの一歩」はとても偉大だと思います。
パイオニア・スピリット(開拓者精神)、いつも持ち続けたいものです。

今は、春爛漫を引き締まった新鮮な気持ちで迎えたいと思っています。
2019/03/05
言葉を大切に
言葉は人と人をつなぎ、考えや感じ方などを共有するためのきわめて重要なもの。
私たちは言葉をとおして他の人と同じ世界をもつことができるのです。

ですが、自分で文章を書いたり話したりしようとすれば、
言葉にして人に伝えることの難しさに突き当たります。
(私もこの「校長室より」では、毎回この問題に突き当たっています。)

だからこそ、言葉を使いこなせるように語彙を増やし、表現を学び、
相手や場面によって使い分けができるよう経験を積まないといけません。

本校の校内研究で「言語活動」を重視していることは、
言葉の力を伸ばすことにつながることだと思っています。

子どもはみんな「言いたいこと」をもっています。
すべての教育活動の中でそれを表現する力をしっかりとつけること。
教員自身がこの大切さを自覚しているか、していないかで効果に差が出てくるのです。
2019/02/14
回り道、寄り道
親として子どもを思う気持ちはどなたもきっと強くお持ちのことと思います。
「我が子には辛い経験はさせず、また、回り道や寄り道をさせることなく、
健やかに成長してほしい」 親として考えるのは自然なことだと思います。

子どもたちの成長を少し長い目で考えたとき、
一人の子どもに成功体験ばかりが続くということはまずあり得ませんし、
その子にとってのよい環境が将来にわたってずっと
用意されていくということも考えにくいことです。

たとえば、将来、子どもが就職したとして、親が子どものために
よい上司、よい顧客、よいパートナー等を用意してやることはできません。

子どもの頃から少しずつ身に付けていかなければならない力。
いろいろな人とかかわりを持ち、時には泣いたり怒ったりしながらも、
我慢をしたり自分の役割や責任を果たしたりしていくこと。

それは、思いどおりにいかないことがたくさんあるなかで獲得していくものです。

親として大人として、できることははっきりしているように思います。
子どもに回り道や寄り道をさせないようにするのではなく・・・。
2019/02/07
インナーピース
若い世代の輝かしい活躍。
全米オープンに続き、全豪オープンも制覇した大坂なおみ選手。
大きな感動とともに喜び、明るさ、元気さ、かわいらしさ・・・といったものを届けてくれました。

インナーピース。大坂選手が口にした言葉です。
直訳すれば「内側の平和」ですが、「平常心」といったところでしょうか。
心が穏やかなときにいいプレーができるのだと。

試合中、悔しさのあまりラケットを投げる場面もあったといいます。
また、後ろを向いて気持ちを立て直す瞬間も。

心の成長と技の成長。
ずば抜けた技術があっても、心を磨くことなしには
それは十分に発揮できないというのは真実であるように思います。

わずか5年で世界ランキング1位に上り詰めた大坂選手に、人の成長の可能性を垣間見ました。
その成長のために自分の才能を引き出す「インナーピース」の維持を
日々、鍛錬していることに一層の感動を覚えます。
そういえば大坂選手のコメントは自然体で、謙虚で、かわいらしいと評判です。
言葉はその人を表すのです。
2019/02/01
金の斧・銀の斧
イソップ童話。子どもの頃、好きでよく読みました。
木こりが誤って自分の使っていた斧を湖に落としてしまいますが、湖の精が現れ、
金の斧、銀の斧をみせながら「あなたが落としたのはこの斧ですか?」とききます。
木こりは、最後に示された鉄の斧を自分のものだと言います。

幼かった頃、金の斧も銀の斧ももらえてよかったなーと思いながらも、
私欲に走らず正直に生きることの大切さを教えられたように思います。

今、この年齢になって思うことは、
「木こりにとっては、自分が普段から使っていた斧こそが、
 金の斧や銀の斧よりも本当にほしかったのだろう。」ということ。
職人である木こりは、周りからみればごくありふれた、自分が日々使っている斧こそが
何より大切なものであったのだろうと思うのです。

本校昇降口前の落とし物、その数は少なくないと感じています。
トレーナーや手袋、靴下、メガネ・・・いろいろ・・・。
その子その子に馴染んだものはあると思います。
身のまわりのものを大切にする心も、子どもたちに伝えたい心の一つです。
2019/01/24
耐雪梅花麗
雪に耐えて梅花麗(ゆきにたえてばいかうるわし)。
(厳しい雪に耐えてこそ、可憐に匂い立つ梅の花は美しく咲く。)
これは、西郷隆盛が詠んだ漢詩の一節で、数年前に引退した
プロ野球広島東洋カープ 黒田博樹投手が座右の銘にしたという名言。

日本のプロ野球・メジャーリーグで大活躍した黒田投手は、
高校時代には一度もレギュラーにはなれませんでした。
控え投手として、来る日も来る日も主にバッティング練習用のピッチャーをしていたと言います。
決して恵まれた高校球児とは言えず、苦しい3年間があったようです。
その時代があって、「苦しまずして栄光なし」、
「厳しい逆境に耐えていれば、いつかは道がひらける」の考え方や生き方が身に付いたのです。

私の2019の誓いは、始業式で子どもたちに話したとおり、「挑戦する今年!」。
毎日の「今、今、今・・・」が未来の自分を育てていくのです。
子どもたちに負けないよう、がんばります。
2019/01/16
学びの福袋
年明けの新聞コラム欄で、
「最近は図書館で福袋を用意するところが増えている」と紹介されていました。
表紙が見えないように包装し、未知の本との出会いを誘う取組みです。

本の福袋が子どもたちの世界をひろげると考えれば、
学校の学習は子どもたちにとって「学びの福袋」かもしれません。
学校での学習をとおして、子どもたちは様々な学習対象と出会っていきます。
その中から子どもたちは興味・関心を高めていきます。
子どもたちが夢中になるのは、その出会いのほんの一部かもしれませんが、
それでも価値のある様々な学習対象と出会うことで、
子どもたちの世界はひろがっていくのです。

そのためには、私たち教員が、価値ある学習対象との出会いを
意図的に提供していくことが必要です。
「学びの福袋」を用意すること。
自分の世界をひろげ、成長していく・・・。
それが生涯にわたって学び続けることにつながっていくのです。
2019/01/07
あたりまえのことをあたりまえに
これは、元大津市教育長の澤村憲次先生がくり返しお話しになったことです。
あたりまえのことがあたりまえにできることはすごく大切なことです。
そして、それを常に積み上げていくことは、かなり難しいことだと認識しています。
一人ひとりが自覚をもって生活していくということですから。

私は、この澤村先生の言葉を言い換えて使わせていただいています。
それが『愛情をもって誠実に』、そして、
「やさしいけれど甘くない。きびしいけれど冷たくない。」です。

澤村先生は、いつもおだやかでいろいろなことに目と耳と心を配られ、
時をとらえて私たち指導主事(当時)にもお声がけをしてくださいました。
重厚なイメージで必要なこと以外はあまりお話しになりませんでしたが、
でも、しっかりとみていただいているという感覚がいつもありました。
それが「愛情」だと思います。

ですから、たいへん忙しい日々の中でも、私たち指導主事には常に【安心感】がありました。
それだけに市教委での澤村先生は、私にとってたいへん「こわい」先生でした。
教育長室に報告にあがるたび、私自身の薄っぺらさや愚かさが露呈しました。

今も私は澤村先生に様々なことを教えていただいています。
これからも、あたりまえのことがあたりまえにできるように精進いたします。

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